春の 彼岸 の 入り は いつ。 春のお彼岸/秋のお彼岸とは|春彼岸と秋彼岸の意味や2020年いつかを解説

【2020年】春・秋のお彼岸はいつ?彼岸入り~明けの期間

春の 彼岸 の 入り は いつ

お彼岸を決める 春分の日・秋分の日というのは、国民の祝日とし定められています。 しかし、春分の日も秋分の日も、他の祝日のように毎年同じ日に決められてるというわけではないのです。 これは、太陽と地球の関係が大きく関わっています。 天の赤道(せきどう・天における地球の赤道の延長線)と、黄道(こうどう・太陽の通り道)が交わる「春分点」・「秋分点」という2点があり、太陽がその点を通過する瞬間をそれぞれに「春分」「秋分」となり、昼の時間と夜の時間がほぼ同じとなるといわれています。 地球は365日と6時間程かかって、公転(こうてん)していているため、毎年ズレが生じるわけなのです。 毎年、国立天文台が官報(かんぽう)で公表した日が、「春分」「秋分」となります。 この 「春分」と「秋分」が、それぞれお彼岸の中日(ちゅうにち)になるわけです。 2020年の春の彼岸の入り〜彼岸明けはいつ? 2020年春のお彼岸は 3月17日(火)から3月23日(月)となります。 春のお彼岸は、 春分の日の前後3日ずつの合わせて7日間となります。 お彼岸の由来 もともとお彼岸の「彼岸」は、サンスクリット語の「波羅密多」(パーラミター)から由来し、到達する・完成する・成就するというという意味合いがあります。 仏教においては、煩悩と迷いの世界である「此岸 しがん 」にいる者が「六波羅蜜 ろくはらみつ 」の修業を修することで、「彼岸(悟りの世界)」へ到達することが出来るといわれています。 お彼岸の頃は昼間と夜の長さがほとんど同じと言われ、東に位置するといわれる「此岸」に対して、西に位置づけられる「彼岸」が一番距離が近いとされるのが彼岸の時期ということから、お彼岸にご先祖の供養をするようになったといわれています。 お彼岸とお盆の違い お盆とお彼岸はどのような違いがあるのか疑問に思う人も少なくないと思います。 どちらも各家の子孫がご先祖様に手を合わせ、感謝の心を運ぶという意味では同じなのですが、少し趣き(おもむき)が違います。 お盆というのは、 お盆の期間に亡くなった方の魂は家に帰るといわれ、そのご先祖様の魂を迎えるという風習です。 お彼岸は、 彼岸と此岸が一番近くになるといわれる期間に、こちらからご先祖様に供養を捧げにいくというような風習となります。 お彼岸でするべきこと お彼岸では具体的にどんなことをして過ごすのが良いのでしょうか? お墓・仏壇・仏具をきれいにする 日本では、お彼岸の日にお墓参りに行くこと慣習になっています。 普段お仕事などで忙しい方は、お彼岸の時期にご先祖が眠っている お墓や仏壇、仏具のお手入れをするのも良いです。 六波羅蜜を意識した生活を送る お彼岸は六波羅蜜を由来としていることを紹介しました。 以下6つの修業を通して、迷いや苦しみの世界から悟りの世界に到達するという、修行者の期間がお彼岸だったのです。 お彼岸の時期には、 六波羅蜜を意識した生活を送るのも良いのではないでしょうか。 お彼岸でするべきこととして、お墓参りをご紹介しましたが、 お彼岸のお墓参りに行く際にはどんなことに気をつければよいのでしょうか? ここではお墓参りをする時間やお供え物について紹介していきます。 お墓参りは何時に行くのがいい? お墓参りに行く時間帯に決まりなく、いつでも問題ありません。 しかし、できることなら 午前中もしくは日の明るい時間帯に行かれることをお薦めいたします。 というのも、ご先祖様を自分たちの用事を先に済ませて、ご先祖様のお参りはその後でというような ついで参りはよくない、という昔からの言い伝えがあるからです。 ご先祖様のことを一番初めにするということは、ご先祖様を敬ったり感謝する心の現われなのですね。 また午前中に行くほうが、掃除もしやすく気持ちもよいと思います。 もちろんお仕事の都合や、いろいろなご事情があり、午後からお参りに行かれる方も少なくないと思います。 そうした場合もなるべく、 墓地の管理人さんにご迷惑をおかけしない時間帯に行くほうがよいと思います。 お彼岸の中日は毎年祝日になっていますので、普段お仕事される方などがご家族と一緒にお墓参りに行かれることもあり、比較的混雑するため、中日を避けて行かれるのが無難です。 お彼岸に適したお供え物 お彼岸のお供え物として代表的なものが、 ぼたもちやおはぎがあります。 これらに使う「小豆」に 魔除けの力があるとされていて、江戸時代頃から当時は貴重だったお餅と、砂糖を使って「ぼたもち」や「おはぎ」が作られるようになったと言われています。 ちなみに「ぼたもち」と「おはぎ」、基本的にどちらも同じ食べ物です。 春のお彼岸の頃には、牡丹の花が咲くことから「ぼたもち」と呼ばれ、牡丹に似せてやや大きめに作られるようです。 秋には萩の花が咲くことから「おはぎ」と呼ばれ、こちらはやや小さめに作られているようです。 お彼岸の期間は計7日ありますので、その他のお供え物としては、日持ちのするゼリーやお菓子など小分けしやすいもので、賞味期限が2週間以上あるものを選ぶほうがよいでしょう。 以下の記事では、お彼岸の墓参りについてさらに詳しく解説しています。 ぜひこちらの記事もあわせてご覧ください。 春のお彼岸は、春分の日の前後3日ずつの合わせて7日間である 秋のお彼岸は、秋分の日の前後3日ずつの合わせて7日間である• 2020年春のお彼岸は3月17日(火)から3月24日(月) 2020年秋のお彼岸は9月19日(土)から9月25日(金)• お彼岸の期間は、お墓参り・仏壇などの手入れや六波羅蜜を意識した生活を送る• お墓参りに行く時間帯に決まりはないが、できれば午前中もしくは日中が好ましい• お彼岸のお供え物として「おはぎ」や「ぼたもち」、その他日持ちのするお菓子などがよい• 2016年〜2019年のお彼岸・彼岸入りの時期をまとめて紹介 ご先祖を大事にする習慣を、これからも大切に伝え残していきたいものですね。 最後までお読み頂きありがとうございました。 終活ねっとでは他にもお彼岸に関する記事を多数紹介しております。 以下の記事では、彼岸の法要について解説しているので、詳しく知りたいという方はぜひご覧ください。 カテゴリーから記事を探す• 関連する記事•

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お彼岸のお墓参りはいつ行くもの?服装は?お供え物は何がいいの?

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スポンサードリンク お彼岸のお墓参りはいつ行けばいいの? お彼岸にはお墓参りをする時期ですが、お彼岸の期間の中でいつ行けばいいのか迷ったことはありませんか? でも実は、 『お彼岸のお墓参りに、いつ行けばいいというのは特にありません。 』 あなたの都合のいい日で構わないのですが、一般的に春分の日、秋分の日は祝日でお休みなのでこの日に行かれる方が多いようです。 それぞれの期間が、• 春は3月17日(火)~3月23日(月)• 秋は9月19日(土)~9月25日(金) このような日にちで休みの日が数日あるので、どれか都合のいい日に合わせていかれる感じでしょうか。 特に、いつお墓参りに行かないといけないというのはないです。 ただ、ご先祖様を偲び、供養するといったことが大切なのだと思います。 スポンサードリンク あとがき お彼岸というのは春と秋の2つの時期があるので、今までよくわからなかった方もいると思います。 「寒さ暑さも彼岸まで」 と呼ばれるように春になると寒さが、秋になると暑さが、それぞれ和らいでくる時期でもあり過ごしやすくなる季節でもあります。 ご先祖様供養のためにお墓参りするにも行きやすい気候なので、ぜひ機会を作って欲しいと思います。 しかし、どうしても仕事で時間が取れない、お墓が遠方にありお墓参りが出来ないといった方のために、 「お墓参り代行サービス」 といったものもあります。 内容はサービスのランクや会社によって若干異なるようですが、お墓周りの清掃や、故人が好きだった食べ物のお供えをしてくれる、といったサービスもあるようです。 今では色んなサービスがあるんですねぇ。 お彼岸の春分の日と秋分の日についてはコチラで詳しくまとめています。

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お彼岸2020はいつ?春のお彼岸・秋のお彼岸の期間は?

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日本に古くから伝わる文章の一つである俳句。 最近では、授業で習ったり趣味としてよむ人も多くなってきました。 授業以外でもテレビ番組などで耳にする機会も増えてきましたね。 今回は、そんな数ある俳句の中でもよく耳にする 「毎年よ 彼岸の入りに 寒いのは」という句をご紹介します。 毎年よ 彼岸の入りに 寒いのは 正岡 子規 — 桃花 笑子 nanohanasakiko こちら句は精錬された言葉が並び、奥深い味わいがあるため、「この句について詳細を知りたい!」という方も大勢いらっしゃるかと思います。 本記事では 「毎年よ彼岸の入りに寒いのは」の季語や意味・表現技法・作者について徹底解説していきますので、ぜひ参考にしてみてください。 毎年よ 彼岸の入りに 寒いのは (読み方:まいとしよ ひがんのいりに さむいのは) この句の作者は、 「正岡子規」です。 正岡子規は、漢詩や書画の素養も持ち合わせ、和歌や俳諧といった国文学の研究もよくし、短歌や俳句という近代の短型詩を語るのに外せない業績を持つ人物です。 季語 こちらの句の季語は 「彼岸の入り」、季節は 春です。 彼岸とは、春分の日を中日とした 3月下旬の 7日間を春の彼岸、秋分の日を中日とした 9月の 7日間を秋の彼岸と言います。 彼岸の入りとは、 彼岸の最初の日のことです。 「暑さ寒さも彼岸まで」ということわざもありますが、冬の寒さも夏の暑さもそれぞれ春の彼岸、秋の彼岸あたりをこえると厳しさがやわらぎ、本格的に季節の移ろいを感じることができると言われます。 この句は、「彼岸の入りの日に寒い」と言っていますので、春の彼岸の入りのことを指します。 意味 こちらの句を現代語訳すると・・・• 「毎年よ」の切れ字「よ」による初句切れ。 倒置法 の 2つあります。 「毎年よ」の切れ字「よ」による初句切れ 近代の俳句でよく用いられる切れ字は、「や」、「かな」、「けり」の三つであるとよく言われます。 「~であることよ」、「~だなあ」といったほどの意味合いで 感動の中心、詠嘆の意を伝える言葉 表現技法 です。 この句では「毎年よ」の「よ」が切れ字としての働きをしています。 「よ」は文法的に言えば、 文意を強める用法の終助詞です。 「毎年のことだよ」と詠嘆する気持ちがこめられているといえるでしょう。 倒置法 倒置法は、言葉の順序を普通の並びとは逆にする表現技法で、 意味を強める働きがあります。 この句は、普通の日本語の順序でいえば、「彼岸の入りに寒いのは毎年のことよ」となります。 そこを「毎年よ」をあえて先に持ってくることで、毎年いつも寒いねえ、今年も寒いねえ、というように、 言葉に強い印象を与えています。 鑑賞 「暑さ寒さも彼岸までというけれども、彼岸の入りを迎えてもまだ寒い、ああ、毎年彼岸の入りはこのように寒の戻りがあることだ」という 生活の中のふとした気持ちの動きがストレートに切り抜かれて表現されています。 日常の中の、ふと口に出た母の言葉を俳句として切り取ったところに、俳人正岡子規の新しいセンスがある句です。 作者「正岡子規」の生涯を簡単にご紹介! (正岡子規 出典:Wikipedia) 正岡子規は 1867年(慶応 3年)、愛媛県松山市で生まれました。 子規というのは俳号で、本名は常規(つねのり)といいます。 幼い頃は升(のぼる)という幼名もありました。 幼い頃から漢詩や俳諧など江戸時代から続く国文学にも親しみ、短歌や俳句の革命運動を進め、 近代文学史に名を遺す偉人となりました。 文学の分野に限らず進取の気鋭にも富み、明治時代初期に ベースボールが伝わってくると、子規はこのスポーツに夢中になりました。 打者、走者といった用語の多くは子規が訳語を考案したといわれました。 ベースボールに野球という訳語をあてたのは正岡子規であるという俗説もあるようですが、正確には別の人物が野球と訳したと言われています。 若くして結核という難病を得た子規は、野球をプレイすることは断念せざるを得ませんでしたが、俳句、短歌、随筆、評論と文学史上に偉大な業績を残し、 明治35年(1902年)享年34歳で死去しました。 正岡子規のそのほかの俳句 ( 子規が晩年の1900年に描いた自画像 出典:).

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