そして 私 は いつも の 顔 で。 詩集<色ガラスの街>

ブスだけどいつも美人とほめられるから方法を公開するよ

そして 私 は いつも の 顔 で

自担は何故 なにゆえ に自担なのか? ふと考えてみるが、そう簡単に答えが出るものでもなくいつも私の頭を悩ませる。 さらに最近では、ジャニーズJr. を中心にデジタルメディア等への露出が多くなり、 「好き」の種が身近にたくさん撒かれるようになった=「担当」に限らずとも「推し」を作ってもよいとされるようなオープンな風土が醸成されつつあると感じ、私の中にも自担以外で「いいな」「好きかもな」と思う対象が増えつつあってより 混沌としてきている。 そうすると、ここでまた新たな疑問が浮かんでくるわけである。 私は何故 なにゆえ に、そしてどのようにその人を「いい」「好き」と感じたのか? また、ジャニーズのタレントは数百におよび、その誰しもに必ずファンがつく。 語弊を恐れず失礼極まりない表現をすると「うーん、私はいいと思わないけどなあ…?」と思うような子にだって、その子のことを魅力的であると感じてファンになる人がいるのだ。 例えば、私にとって岸優太というアイドルはもっとも顔が可愛く、ダンスも上手く、歌も上手く、演技まで上手いときた!まさに天才!よっ!スーパースター!!!という感じなのだが、非オタの友達にキンプリで岸くんが好きと言うと「へ〜の方がかっこいいじゃん」とよく言われるし、他担の方からは「いやいや私の自担の方がスーパースターですよ」と言われて終わるに違いない。 ジャニオタをしているとつくづく、主観はあくまで主観でしかなく、 自分の考えが一般的であるとは必ずしも言えないことを忘れずにいなければと思う。 そこで今回、 私の「好き」という感情・感覚はどこからやってくるのか?どんなものなのか?なにが「好き」なのか?を客観視して咀嚼してみるべく、ブログを書こうと思う。 前置きが長くなったので簡単に言えば、 ジャニタレを対象として「この人は〇〇だから好きなのかも…」「この人に対する好きって気持ちは〇〇と表現できるな…」みたいなことをダラダラと述べるだけの内容となっております。 さて、そもそもの前提として私は、大体のジャニーズタレントのことを「嫌い」であることはあまりなく、テレビに出ていたら自担でなくとも観るし、感覚的には誰をとっても「遠い親戚の家の子」みたいな位置付けにあると思う。 しかし「嫌いではない」というと、じゃあ みんな「好き」なのか?ということになりそうだが、 そうとも言い切れない。 かといって「"好き"とは言えない = 嫌い」 でも決してない。 感情を数値化することは甚だ困難であるが、わかりやすくするため、私の中の「好感」の尺度についてイメージ化してみたのが以下の図である。 愛の反対は無関心、とかよく言われるアレである。 「まあ、別に好き…とは言えない…かな」も含む。 早速、この大まかなものさしをもとにしながら自分の「好き」を細分化していこう。 1.今回対象としたのは以下の178名 ジャニーズJr. はユニット加入済みメンバーに加え、無所だがなんとなく知っている面々も何名か選出した。 でないタレントについては、私の独断を除いてはほとんど入っているはずだ。 おうち時間、暇すぎると178枚のスクショを撮りトリミングすることすらいとわない。 どうでもいいけど、これを使っていつか神経衰弱でもしたい。 現在のやすだくんのあり方を受け入れているものの、私の中の像とが少し解釈違いを起こしているため、近からず遠からずな写真に特別に差し替えました。 許して。 この3人は「好感」尺度における最も右手側、「好き」においては言わずもがな最上位に鎮座することになる。 2.漠然と「好き」を抽出してみる まずそもそもの課題として、 なにをもって「好き」といえばいいのか。 これがなかなか難しい。 顔か?性格か?体格?パフォーマンス力?といろいろな基準がありすぎて混乱するし、全員に対して平等な知識があるわけでもない。 しかし、おそらく正解はそれらすべて、つまり 「その時点で知り得る要素のすべて」をもって「好き」と感じれば「好き」だし、興味の範疇に入ってこないのであれば「好き」度合は0に近いということだと思う。 で、これまた暇だったので簡易なカードにして直接手に取りながら選ぶことにした。 自分で遊ぶ用とは言え「ヤバイ代物を手に入れてしまった」という気持ちになる。 そして、 実際に「ン〜…好き、には入る!」「どっちだ…?好きなのか?どうなの私…?」と振り分けるのはなかなか精神的にクるものがあった。 結構危険な遊びである。 とりあえず178名の中から【漠然と好き・群】として抽出したのが以下の38名である。 (私って事務所でこんなに好きな男がいたんだ、とシンプルに驚いたが。 ) わかってはいたが、現時点では何にもとづいて「好き」なのか、どういう種類の「好き」なのかが見えてこない。 3.グルーピングしてみる 漠然と抽出したあとは個々人にフォーカスしながら、「この人とこの人に対する"好き"は近いかもしれない」という視点でいろんな角度からグルーピングしてみることにした。 「顔面がタイプ」なら無条件で「好き!」という感情が芽生えていると感じた。 顔が印象に与える影響はやはり強い。 そして、私の場合はさらに 【A】と【B】に細分化できることがわかった。 まず 【A】は、「犬顔」「小動物顔」「お目目くりくり、きゅるんとしていて可愛い」だから「好き」と言える。 他にも犬顔のジャニタレはいると思うが、顔の好みとは意外と繊細なもので私の琴線にふれる? のはこのメンバーだった。 可愛い!ずっと見てられる!好き><って感じである。 次に【B】は 「知的顔」「美麗」「神秘」「色白」だから「好き」のグループである。 ここは【A】に比べ、人によって好みが分かれやすいところな気がする。 私はこの【B】のタイプを好きになることがかなり多い。 大学時代に本気で恋した相手もこのタイプだった(知らんがな)。 さらに細分化すると、上段3名は「猫」みがあって【A】の小動物タイプにもやや近くそこも「好き」である。 個人的にはここに、 母性からくる好き も付け加えておこうと思う。 では、「雰囲気」が「好き」と感じるのは誰か。 「雰囲気ってどこまでが雰囲気なんだ!?」と頭を抱えたが、以下の10名を選んだ。 顔の好みと、雰囲気の好みは必ずしも一致しないことがわかる。 福ちゃんと今江くんを除いて、残りの8名を見ると 「アンニュイな雰囲気」がある人が好きなのかもしれない、と思う。 実際はお茶目な人が多いとわかっているが、醸し出されるやや気怠げな感じが刺さる。 この中でも特に丸ちゃんと福本大晴くんについては、 「闇落ち感」がたまらない。 福ちゃんと今江くんは、なんというか 「包容力」「安心感」のある雰囲気が好きだ。 けど実際は 「何を考えているか読めない」みたいなところもあって好きかもしれない・・・。 下段4名に関しては私の中で「圧倒的にいい人そう」という感じで、信頼できそうなところが 「好印象」なので「好き」だと思う。 そして、じぐいわの二人に関してはおそらく 「岸くんと苦楽を共にしてきた戦友」だから「好き」な気がする。 要は自担の友達は私も友達だぜ!といったところか。 猪狩氏についても同様、作ちゃんのそばにいる存在として「好き」と感じるのかもしれない。 ここで興味深いのはワンコみがある【A】グループから4人が選出されていることで、小動物要素があると自然「母性」が生まれるようだ。 松本さんに関しては圧倒的年上だが「ジューーーーン!」って言いたくなる気持ちが湧き上がる。 一方で猪狩風雅の2名は、無条件に守りたいというよりかは、ちょっと小生意気 いい意味です なところが母性をくすぐり、「も〜、そんなところも好きだよ」と甘やかしたい、みたいなところがある。 しかし、ここにきて「憧れ」の「好き」だったのか!!!と目からウロコだった。 なんというか、顔はけっこう好きな方なんだけど【A】でも【B】でもなく、しかし圧倒的で近寄りがたい存在である。 山田涼介様は私にとってアイドルの最高峰なので、これも「憧れ」の「好き」だ!と思った。 総括すると、とも 王としての品格を放っているところが「好き」といえそうだ。 ( だんだんただの妄想ゲーと化してきた。 ) ここで登場するのが、山P・大光・じゅったん・末様・正門さん・長瀬、のセクシーお兄さん6人衆である。 顔は決して好みというわけではないのだが、この独特な色気で寂しさを埋められてみたい。 「恋」より一層 「リア恋」なのが、「寂しさからくる好き」のような気がしてきた。 自分でも何をいっているのかよくわからないが、そういう「好き」もあるということだ。 ちなみに岸くんがこの「好き」に当てはまるのは自分でも意外だった。 「隣にいそうで、どこにもいない」を体現する岸くんだからこそ、 儚さを感じて「好き」と思うのかもしれない。 この面々とは恋してみたい。 ベタベタなデート、 ディズニーランドとか行ってみたいと思うもんね。 なんだろう、「彼女を大切にしそう」で「好き」って感じだろうか。 守るときに守ってくれそうな男気がある人が「好き」なのかもしれない。 自担やがな。 ここまでいろんな「好き」をみてきたが、結局「愛」となると自担なのか。 そもそも「愛とは何か」を深く考える必要があるのだが、ここまでの様々な 「好き」を超越する、特別な「好き」と定義すると、やはり自担に帰着した。 では何が「好き」に特別さを与えるのか。 それはあえて評価してこなかった「 パフォーマンス」や「アイドルとしてのあり方」といった部分が大きく関与すると考える。 その項目を入れてもよかったのだが、少なくとも最初に絞ったこの38名のパフォーマンスや姿勢はリスペクトしている もちろんそれ以外の皆も。 ので、Yes or Noで分けるのは控えた。 が、この「パフォーマンス」や「アイドルとしてのあり方」が 最も刺さる、自分の価値観にぴったりとハマる、何を投げ出しても応援したいと思える、のがここでいう「愛している」に近いように思う。 言い換えれば 「アイドルとして愛せる」のが「好き」のトップに君臨する「担当」なのかもしれない。 担当とは何か、についてはまたいつか哲学したいところだが、「好き」をテーマにした時には 担当とは愛である、と言えるだろう。 4.多く当てはまる=「担当」ではない 途中からただの妄想ゲーと化してしまっていたが、「好き」と感じるジャニタレへの気持ちはただ「好き」だけでなく様々な形があることがわかった。 そして、私の「好き」を構成する要素をまとめると以下のようになった。 ・小動物顔または知的美麗顔が好き ・アンニュイな雰囲気をまとう人が好き ・自分にとって身近に感じる人が好き ・小動物みがある、またはやや小生意気な人が母性をくすぐられて好き ・王としての品格を放つ人が好き ・セクシー、儚さをもつ人がリア恋を感じて好き ・守ってくれそうな人が好き まとめると上の表のようになったが、各要素に必ずしも私の自担が入っていなかったことや、 8 に示したことから見るに、 担当だからと言ってもどの観点からいっても「好き」ではないし、 「好き」の要素に多く当てはまるからといって「=担当」とも限らないのである。 つまりは、 「担当」は単純に「好き」だけで決定されるものではないとも言えるだろう。 実に、アイドルと「好き」の関係は奥が深い。 そして、上述したのはあくまで私の好みであって、偏に「ジャニオタ」とカテゴライズされることがしばしばあるが、オタクが100人いれば100通り以上の好みがあるのだから本当に面白い。 5.最後に 結局何が言いたかったのかはまとまらず、しっちゃかめっちゃかな内容になってしまったと思うが、 改めて自分の中にある「好き」を細分化してみるのはとても興味深かった。 日々「好き」が増え、同時にいろんな人の「好き」とも対峙していく中で、自分の傾向や癖を知っておくのも悪くない。 人にも会えず、新しいものに出会う機会も限られている中で、自分と向き合う時間が必然的に増えるが、なんでもいいからとりあえず「ジャニーズ」を絡ませておけばそれがあっという間に「オタ活」の一部になるのでオススメである。 またいつか、「担当とは何か」についても掘り下げて書きたいと思う。 (6495字) : 「推し」の定義は人によって様々であるが、ここでは「担当外」であるが好感を抱く人、というような広義で捉える。 : 岸くんが「魅力的と思われない」対象だということではなく、私にとっての岸くんは最高であっても、誰かにとっての岸くんは必ずともそうではない、ということ。 : これについては、このブログを読んでいただく上で特に留意されたいことである。 「この人私の自担を好きじゃないとか言ってる!!最悪なんですけど!!」みたいな捉え方だけはされないようお気をつけください。 あくまで私個人の好みに基づく内容です。 : ユニット加入済みJr. で「うちの子いないんですけど〜〜〜!?」っていうのがあれば教えてください。 シンプルに謝罪。 : 繰り返すがあくまで私の好みでしかないので、ここに自担が入ってなくても「お前 オメエ とはまるで好みが合わんわ!」くらいに思っていただきたい。 : より評価項目を詳細にして数値化していけば、「好き」要素を多くもつ人=担当という結論を導き出せる可能性は俄然残っている。 kyryu1829.

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愛顔感動ものがたり~800字に込めた感動のエピソード~

そして 私 は いつも の 顔 で

7 ji kara 7 jihan made watasi ha yoku undou jou ni si masu. koko ni ha watasi ha tenisu to basukettobooru nado ga i masu. tenisu no suihei ga totemo heta desu. 7 じ から 7 じはん まで わたし は よく うんどう じょう に し ます。 ここ に は わたし は てにす と ばすけっとぼーる など が い ます。 てにす の すいへい が とても へた です。 生活はいつもとても忙しいです。 しかし 私はとても楽しいです。 毎朝、私は5時半ごろ起きます。 それから洗面所で顔を洗います。 6時ごろ私はよくラジオで日本語を勉強します。 時々、英語も勉強します。 英語は私があまり好きません、 そして、私はアメリカ人のことがとても嫌いです。 7時から7時半まで私はよく運動をします。 ここで私はテニスやバスケットボールなどをします。 テニスの水平がとても下手です。 毎晩、私は11時ごろ寝ます。 私の生活はとても忙しいですが、楽しいです。 たいへんよく書けていると思います!。 「テニスの水平」という言葉が何を意味するのか、わかりませんでした。 mainichi , watasi ha 7 jikan gurai ne masu. seikatsu ha itsumo totemo isogasii desu. sikasi watasi ha totemo tanosii desu. maiasa , watasi ha go jihan goro oki masu. sorekara senmen syo de kao wo arai masu. 6 ji goro watasi ha yoku rajio de nihongo wo benkyou si masu. tokidoki , eigo mo benkyou si masu. eigo ha watasi ga amari suki mase n , sosite , watasi ha amerika jin no koto ga totemo kirai desu. 7 ji kara 7 jihan made watasi ha yoku undou wo si masu. koko de watasi ha tenisu ya basukettobooru nado wo si masu. tenisu no suihei ga totemo heta desu. maiban , watasi ha 11 ji goro ne masu. watasi no seikatsu ha totemo isogasii desu ga , tanosii desu. taihen yoku kake te iru to omoi masu !. 「 tenisu no suihei 」 toiu kotoba ga nani wo imi suru no ka , wakari mase n desi ta. まいにち 、 わたし は 7 じかん ぐらい ね ます。 せいかつ は いつも とても いそがしい です。 しかし わたし は とても たのしい です。 まいあさ 、 わたし は ご じはん ごろ おき ます。 それから せんめん しょ で かお を あらい ます。 6 じ ごろ わたし は よく らじお で にほんご を べんきょう し ます。 ときどき 、 えいご も べんきょう し ます。 えいご は わたし が あまり すき ませ ん 、 そして 、 わたし は あめりか じん の こと が とても きらい です。 7 じ から 7 じはん まで わたし は よく うんどう を し ます。 ここ で わたし は てにす や ばすけっとぼーる など を し ます。 てにす の すいへい が とても へた です。 まいばん 、 わたし は 11 じ ごろ ね ます。 わたし の せいかつ は とても いそがしい です が 、 たのしい です。 たいへん よく かけ て いる と おもい ます !。 「 てにす の すいへい 」 という ことば が なに を いみ する の か 、 わかり ませ ん でし た。

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あっこっこ

そして 私 は いつも の 顔 で

上京して初めてひとりで訪れた街、新宿は目に入るものすべてがきらきらして、圧巻だった。 すれ違うお姉さんも皆きらきらで、彼女たちは未来を生きているみたいだった。 地元にはいない、時代の半歩未来を歩くお姉さんたち。 彼女たちは田舎者の私に「東京」を見せつけた。 いつか、あのきらきらになりたい。 それから約1年、ライターとして文章を書きつつ、憧れだったモデルのお仕事もほんの少しずつながらいただけるようになってきた。 しかし、いまだ仕事には慣れない。 新宿で会ったようなきらきらな女の子たちの中に、田舎者の私がひとり混じって撮影の準備が始まる。 ああ、なんだか人間の中にチンパンジーがいっぴき、迷い込んでしまったみたい。 仕事の合間にスタッフさんと談笑する彼女たちは、その容姿さながら話す言葉もきらきらで、私にはほとんど外国語だった。 新作のリップがどうのとか、期間限定のハイライトが最高だとか……じ、ばんしい……って何? 話についていけずきょとんとしていると、メイクさんが笑って「これこれ、今話題なのよ」と柔らかなピンク色のチークをつけてくれた。 その顔はなんだか新鮮で、ふと、自分がほんの少しだけ彼女たちに近づけたような気がした。 数日後、「あのチークがあれば、きらきらになれる」と安直な考えから買った新作のチークを早速試してみた。 ーーなんか、違う。 メイクさんにつけてもらったときの新鮮さはなくなり、鏡には田舎顔のどこか垢抜けない顔の自分が映っていた。 ……あ、そうか、ひとつだけ新しいからなんか浮いてるのかも。 アイシャドウもリップもファンデーションもぜんぶ新しくしなきゃ! そこから新作・流行を調べ、いろんなコスメを買っては試す日々が続いた。 誰かがいいと言ったものは、手当たり次第に買った。 コスメだけでは飽きたらず、服や髪、ネイルまでも流行に乗らなければと焦り始めた。 入りも満足ではないのに、出費はどんどんかさんでいった。 それでも、コスメ集めはやめられなかった。 もっと、もっと、もっと、私はきらきらになりたいの! お財布が空っぽになりながらも頭から爪先までを旬のアイテムですべて揃えたとき、なんだか、ほっとした。 鏡の中で「流行のメイク」で仰々しく着飾った自分が、貼り付けた笑顔を浮かべている。 仕事の際にメイクや服装で褒められることも増えた。 これで、私も、憧れのきらきらなお姉さんに近づけたはず。 しかし、残酷なほど流行はすぐに過ぎ去る。 半年後には、それまでの煽りはどこへやら、時代はまったく毛色の違ったスタイルを正解とした。 その度に私は流行を調べ、情報に右往左往する。 そんな生活は半年近くにも及んだ。 プロが選んだコスメは絶対に買わなきゃ、と身構える私に、うーん……と悩んだあとに彼女が選んだのは、ドラッグストアでいつでも買えるプチプラのマスカラだった。 「いろんなコスメを試したんだけど、やっぱこれかなあって。 普通のドラッグストアでいつでも買えるんだけど。 でもこのまつ毛がボリューミーになる感じがほら、あなたには合うと思うの」 そうやって、私のメイクをしながら彼女は続けた。 「やっぱりさ、今だとすっぴんっぽくおフェロな感じがいいとか言うけど、その人が好きなメイクが一番可愛くなると思うんだよね」 ……メイクさんが語るたび、自分がどんどん情けなくなる。 肌の色になじまないアイシャドウ、瞳を大きく見せるためのカラコン、おすすめされたままにつけたネイル……時代が「正解」とうたった旬のカラーもテクスチャーも毎日身にまとって武装しているはずなのに、ひどく心許なかった。 私は誰のために毎日お化粧をしているんだろう? 何に急かされて、足早に変わる流行をこんなにも追っているのだろう。 ……そうだ、私は時代に置いていかれたくなかっただけなんだ。 感度の高い周りの綺麗な女の子たちに、ダサいと思われるのが怖かった。 流行をまとうことで、時代の半歩先を歩く彼女たちのようになれたと思い込んでいたかったんだ。 きらきらな憧れの女の子になりたいと思って始めた私のメイクはいつしか、目に見えない時代が決めた「流行」という監視者に見張られて、ひどく窮屈なものになっていた。 そして、どんどんアップデートされて溢れかえる流行の中に隠れてしまった自分の「好き」を探した。 インスタグラムに保存している写真、ピンタレストにクリップしてあった写真。 過去に自分が「好き」だった作品を見返して、ひたすらに自分の「好き」を再インストールした。 その中で、ふと、目に止まった写真がある。 たしか、雑誌の特集の1ページだった。 雑誌の名前はもう思い出せない。 雑多な街中の路地でシンプルなTシャツとジーンズをラフに着こなし、女優がかっこよくポーズを決めている写真。 黒髪に強めのアイシャドウにマスカラ、艶やかな赤いリップ。 シンプルな装いなのに、彼女は目を引いた。 写真の中で、彼女はきらきらしていた。 流行を追うことに必死になっている私とは違う。 時代の正解なんてかまわない、自分を持ったきらきら。 しっかりとアイラインを引き、ボリュームのあるまつ毛が特徴のちょっと濃いメイクに変えたのは、強めの女性が好きだと再認識した私なりの実験だった。 ちょうど漫画『NANA』の大崎ナナのような感じ。 それは、側から見るとかなり派手なものだったが、地味な田舎顔の私にはよく映えた。 メイクは武装だ。 外に出ると、街中のガラスにチラッと映った自分が少し強く見える。 中身はお子様のままだが、正解を追い求めない、自分自身で選び取った外見に心地良さを感じることができた。 今なら思う。 憧れたモデルさんたちだって、流行を手当たり次第に追うのではなく、自分のスタイルに合わせて上手に取り入れていたからこそ、きらきらに見えたのだろう。 流行を少しずつ手放したことで予想外の効果もあった。 まずはお金。 そもそもメイクにかけるお金が減り、生活に余裕が出てきた。 また、メイクにかける時間も減って、ストレッチなどの自分の根本を整える時間を作ることができた。 流行を追うことをきっぱりと手放せたわけではない。 今でもお仕事で流行りのアイテムをまとった女の子たちと会うと惚れ惚れしてしまう。 「今流行ってるやつだ、かわいい!」と。 時代に推されたスタイルを優雅に着こなす彼女たちはやっぱりきらきらしていて、その圧倒的な美しさに美の正解を感じずにはいられない。 何より、新しいものはかわいいのだ。 こんな日にはいまだに新作のアイテムを購入してしまう。 流行を追いかけることを目的とする昔の自分に戻りかけたら、スマホにストックしてある「好き」を再インストール。 私はいまだに流行のきらきらと自分の好きなきらきらの間を行ったり来たりしている。 古い友人には「雰囲気変わったね」と言われる。 また、「ちょっと強そうだよね」とも。 すっぴんに近いメイクが好まれる中、ばっちりとしたメイクを施す私は流行に乗れているとは言い難い。 結局、時代の半歩先を歩くお姉さんにはちっともなれていない。 ま、いいか。 時代が決めた正解に縛られすぎるよりも、自分の好きを通す方がずっと私らしくいられるような気がしている。 photo/中山京汰郎、stylist/榊原瑞希.

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