チョン ウニョン。 チェ・ウニョン

保健室のアン・ウニョン先生

チョン ウニョン

記憶のなかの保健室は白くてあたたかい。 たいていは校舎のなかでも特に日当たりのいい一角を与えられている。 1階の奥、リノリウムの床を鳴らして向かう先にあらわれた白いドアを開けると、開け放たれた窓から吹き込む風が勢いよく頬を撫でて駆け抜けていく。 冬になると部屋の中央にはストーブが置かれ、湯の張られた鍋から上がる蒸気が、乾燥した空気を湿らせる。 頭痛、腹痛、寝不足、倦怠感。 思いつく限りの不調の理由を並べ、堂々と授業をサボるための免罪符を得ようと画策する生徒たちは、どの学年にも必ずといっていいほどいた。 物語の舞台である私立高校の保健室も、そこに集まる生徒たちと保健室の先生とのやりとりも、一見するとそんなどこにでもある光景のように見える。 首の後ろにチクッとした違和感を覚え、保健室を訪れた生徒。 ピンセットを使い、養護教諭によって抜かれたその棘はしかし、得体のしれない「霊的な」動物の体の一部(爪やうろこ、骨など)だった。 この養護教諭が物語の主人公、アン・ウニョンだ。 彼女には生まれつき、見えないものを見る力がある。 彼女の鞄にはいつも、BB弾の銃とレインボーカラーのおもちゃの剣が忍ばせてある。 見えないもののうち「気持ちの悪いもの」を、自分のエネルギーを込めたそれらを使って倒すためだ。 保健室を飛び出すときは、白衣の下に隠して向かう。 倒すといっても、彼女が相手にするのは単純に「悪」と分類してしまえるような、残忍冷酷な存在ではない。 思いが叶わなかったり、報われなかったり、道半ばで諦めざるを得なかったり。 なんらかの理由で自分の力だけでは消化できない、強い思いが残ってしまった(もしくは現在進行形で思いを抱えている)ものたちだ。 優しい言葉をかけてくれた英語教師への強い恋心により体が「増殖」してしまった、見た目にコンプレックスを持つ生徒。 人より費用が高くつくからと、ろくに検査もされず使われていたクレーン車の下敷きになり亡くなった同級生。 普通の人間として寿命を全うしたいと夢見ながらも「ムシ捕り」という役目を背負わされ、短い一生を繰り返し生き続けている生徒……。 アン・ウニョン自身も、その特異な性質を周囲に不気味がられ、孤立した子ども時代を過ごした。 彼女が彼らに差し出す手は、自分の力ではどうしようもない問題によって、ままならない人生を歩んできた彼女自身が求めていたものなのかもしれない。 とはいえ、彼女の差し出す手は決してスマートではない。 なんといっても、武器はおもちゃの銃と剣だ。 新しい敵にエンカウントするたび、試行錯誤を繰り返しながらギリギリで切り抜けていく。 そんなウニョンを助けながら、ともに問題を解決しようと奮闘する同僚の漢文教師ホン・インピョも加わると、ドタバタ劇にさらに拍車がかかっていく。 ふたりのもとに次から次へと舞い込む問題の裏に潜む、学園の秘密とはいったい何なのか。 10の事件に挑む彼らの、意外なほど鮮やかな手腕に驚かされる。 救急法教育の授業で、生徒たちに人工呼吸や胸骨圧迫心臓マッサージを教えながら、ウニョンは思う。 「たとえほとんどの子が忘れてしまって覚えているのは一部だけだとしても、そのうちの一人がいつか誰かを助けることになるかもしれない。

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保健室のアン・ウニョン先生 (チョン・セランの本 1)

チョン ウニョン

演じ、舞い、そして歌うこと 男役を志す女性とゲイコーラスの歌声が舞台上で邂逅する 1940年代末の韓国で生まれ、50年代の繁栄の後、60年代に急速に衰退した「ヨソン・グック(女性国劇)」は、すべての登場人物を女性のみが演じる音楽劇である。 今年のヴェネチア・ビエンナーレ韓国館でも展示を行ったアーティスト、サイレン・チョン・ウニョンは、ヨソン・グックの最盛期を生きた役者と観客のコミュニティに関わり、ジェンダーを越境して演じるという彼女たちの行為がいかに政治や歴史と接続されてきたか、10年以上にわたってリサーチと作品制作を続けてきた。 日本の宝塚歌劇など、アジアの他の国に根付く女性演劇にもそのリサーチは及んでいる。 パフォーマンス作品『変則のファンタジー』は、2016年の韓国版を皮切りに、台湾、日本、インドと、それぞれ現地のゲイコーラスとコラボレーションしながら展開してきた。 突如、それまでの生活を捨て、いまや失われつつあるヨソン・グックの男役になるためにすべてを捧げた30代の女性。 韓国版で彼女と共演するのは、2016年のベルリン国際映画祭でパノラマ部門観客賞を受賞した『WEEKENDS』(イ・ドンハ監督)でもドキュメントされた、ソウル拠点のゲイコーラスグループG-Voiceだ。 聞こえないつぶやきが宣言となり、見えない存在の経験が歴史となり、舞台上でその輪郭をあらわにする時、届く歌。 ソウルを拠点にパフォーマンス、インスタレーション、映像、リサーチ、執筆など様々な分野で活動するアーティスト。 政治的または歴史的な出来事に、パーソナルな要素が介入する瞬間に関心を持ち、作品を通して、フェミニズム・アートの言語を拡張しようとしている。 2008年から取り組む「ヨソン・グックプロジェクト」では、1950年代に韓国で人気のあった女性のみで演じられる大衆音楽劇の歴史とコミュニティーを描き出す。 2015年には、それまでの様々な活動をまとめた『Trans-Theatre』を出版。 2013年にはエルメス賞を、2018年には韓国美術家賞を受賞している。 今年のヴェネチア・ビエンナーレの韓国館では、新作を発表。

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保健室のアン・ウニョン先生 / チョン セラン【著】/斎藤 真理子【訳】

チョン ウニョン

『保健室のアン・ウニョン先生』著:チョン・セラン ドラマ化も楽しみ! ヒロインは「見えちゃう」養護教諭 何度「アン・ウニョンせんせー」と、声を上げて笑ったことだろう。 「コロナ」自粛の重苦しさがさっと晴れた。 即、この花柄好きで悪態ばかりついている、パワフルでキュートなアン・ウニョン先生と、コロナ・パンデミック渦中の世の中に、荒ぶるヒロインを送り出してくれた著者チョン・セランの大ファンになってしまった。 養護教諭アン・ウニョンは、幼いころから見えないものが見えるという特殊能力を持っていて、赴任先の私立M高校内に漂う不穏な空気を感じていた。 その悪い予感通り、原因不明の怪奇現象や不思議な出来事がつぎつぎと起こる。 ウニョンは特殊能力を駆使して、謎や悪なものに立ち向かい、戦う。 怪奇現象に潜む学校・社会問題をあぶり出していくことも忘れない。 「アン・ウニョン10の事件簿」とも呼ぶべき連作作品集である。 まっさきに噴き出してしまったのは、彼女がいつもバッグにしのばせている、悪なものと戦うための武器だ。 それはBB弾の銃とレインボーカラーの折り畳み式のおもちゃの剣。 彼女は、校内に漂う高校生たちのエッチな妄想さえも「エロエロゼリー」状に見えてしまい、あまりにうっとうしいときは、おもちゃの剣を取り出して〈ひゅい、ひゅい〉と〈ぶった切〉る。 そのふにゃふにゃ感が笑える。 しかしクライマックスの決戦で、正体を現した悪霊にBB弾の銃を構えるアン・ウニョン。 ほとばしる魂の雄たけびとともにBB弾をぶっ放す大スペクタクルシーンは、コロナと戦うヒロインにみえて、拍手喝采ものだ。 韓国ではドラマ化が決定しているという。 早く観たい。 願わくば、日本でリメイク版もつくってほしい。 ファンの希望と興味は尽きそうにない。

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